1985年に芸能界入りして以降、タレント・女優として確固たる地位を築いてきた東ちづるさん。


そんな東さんにはもう1つの顔があります。さまざまなボランティア活動・社会活動に参加する“アクティビスト”としての一面です。その活動は実に26年にもおよび、2012年には自らが代表を務める一般社団法人『Get in touch』を設立。生きづらさを抱える人に居心地のよい空間を作ろうと積極的にマイノリティのPR活動を行っています。


昨年には、その一環として制作された映画『私はワタシ 〜over the rainbow〜』を公開。東さんは企画・キャスティング・インタビュー・プロデューサーを担当しました。LGBT(セクシャルマイノリティ)50人のインタビューを撮影したこの作品は反響を呼び、自主上映したいという企業や団体も後を絶たないそうです。


そもそも東さんがこの映画を作ることになったきっかけとは何だったのでしょうか。また、LGBTの方にとって働きやすい環境とは? LGBTに知見のある東さんに直接お話を伺いました。



同性婚を祝福できない国に「何がダメなんだろう」とモヤモヤ感を持った



――東さんがそもそもLGBTに関心を持ち始めたのはいつ頃なのでしょうか?


10数年前にオランダに行って、レズビアンとゲイのカップルの結婚式に参列したんです。それがとっても感動的で良かった。その時に「なぜ愛し合う2人を祝福できない国があるんだろう」「同性婚の何がダメなんだろう」っていうモヤモヤ感を持ったんです。だからと言って、何か活動しようとはその頃はまだ思ってなかったですね。


――映画は東さんが代表を務める『一般社団法人Get in touch』によって制作されています。この団体を立ち上げたきっかけについても教えてください。


20年前から、個人で行政や学校、企業などとつながりながら、いろいろと活動していました。ただ、人間関係で悩むのが面倒なので「団体は作らない」「団体には所属しない」ってことを貫いてきたんです(笑)。そういうのが苦手なんですよ。


――苦手と感じていたのに団体を作られたのは意外ですね。


2011年に3.11の大震災(東日本大震災)が起こった時に「これは作らなきゃな」と。「つながる」とか「寄り添う」とか「絆」とか……力強く美しい言葉が広がりましたが、被災地の避難所はその言葉とは裏腹な現実もあった。普段生きづらさを抱えている人たちが、社会が不安に陥った時にますます追いつめられてしまうケースもありました。自閉症の人がパニックを起こしたら怒られたりとか、耳の聞こえない人が配給のアナウンスがわからなくて物資をもらえなかったりとか、トランスジェンダー(身体と性自認が一致しない人)の人がトイレやお風呂に困ったりだとか。


――それは現地でないとわからない部分ですね。


「デリケートなことだから」ってニュースにもなりづらい現実があります。でも、避難所が日本の縮図でした。普段は街に出られない人もいる中で、震災が起こったことで「まぜこぜの社会」があそこ(被災地)に露呈した。そこで助け合うことが難しいっていうのが衝撃でした。被災しただけでなく、さらにしんどい思いをしている人がいたんですね。それで、以前から携わってきた支援団体や福祉団体の人たちにも声を掛けて「普段から私たちはすでに“まぜこぜ”ですよ」ってことを“見える化”しようと団体を作ったんです。


――被災地の現実を見て結束しなければ、と。


というよりも、まず自分自身が不安を感じました。自分が高齢者や患者、障害者になった時に「こんなに我慢しなきゃいけないのは嫌だ」って。有事の時にみんなで助け合えない社会は不安だったんです。





映画を作る発想はなかった。周囲の声を聞いて「断る理由がないな」と



――映画『私はワタシ 〜over the rainbow〜』はLGBTがテーマです。この作品を作ろうと思い立ったきっかけは何だったのでしょうか。


Get in touchを立ち上げた時からですが、4年前にHIVの勉強会に参加して、今回の映画にも出演している長谷川(博史)さんと出会い、本格的にスイッチが入りました。長谷川さんはゲイカルチャーを牽引してきたカリスマ的な人。その時、長谷川さんがちょっと元気なかったんですけど、「この人が元気なうちに何か残したいな」と漠然とは思っていました。


そして3年前に映画にも出演している友達たちと一緒にLGBTの映画を観ました。名作だったんですが、その作品は1人の人物に焦点を絞ったストーリーで、LGBTを深く理解してもらう映画がないという話になって。「ちづる姐さん作って」って言われたんですけど、その時は「無理」って即答したんです。


――最初は断ったんですか!


「私、映画は出るもので作るものじゃないよ」って言ったら、「姐さんだったらできるよ!」みたいなやり取りがあって。確かに『Get in touch』でいろいろ映像を作っていましたけど、3分~5分程度の映像だったから「映画だよ!? 何言ってるの」みたいな感じで。


――その状態から映画化に至ったのは驚きですね。


発想がなかったんですよ、映画を作るっていう……敷居もリスクも高いと感じていたし。ただ、『Get in touch』の支援者から「(『Get in touch』って)いろんなものを見せてくれるよね」と言われていて。昨年の舞台(平成まぜこぜ一座「月夜のからくりハウス」)について、「『Get in touch』ファミリーってすごい人たちがいるよね。このパフォーマンスを一堂に会したらすごいよね」と言われて企画したものです。そしたら「(映画の)グレイテスト・ショーマンって月夜のからくりハウスだったよね」って声もあったりして。先取りした、と(笑)。そこで手応えのようなものは感じることができました。


――では、舞台も映画も周囲の声とモヤモヤがゆっくり蓄積されて?


はい、それまで積み重なっていたモヤモヤもあって「これは断る理由がないな」と。本当に徐々にって感じです。


――『Get in touch』の理念にも通じていたのでしょうか。


そうですね。「まぜこぜの社会」を作る、そのための団体を立ち上げたんだから断っちゃいけないと。しかも、エンターテイメントで活動するって言い切っているわけなので。ただ、お金もなかったので、監督と二人三脚で撮り始めました。


――強くLGBTに関心を持ったというよりは活動の流れの一環だったんですね。


「Get in touch」立ち上げの時から、LGBT関連の団体ともつながりながら活動をしていますから。様々な福祉や支援団体って、縦割りになりがちです。企業や省庁、政治家も。そこに横串を刺しながら、要するにどんどんつながりながら「まぜこぜの社会」をめざして活動しています。つながらなければ、社会は本質的に変わりませんから。


――映画のタイトル『私はワタシ 〜over the rainbow〜』にはどんな意味が込められているのでしょうか。


最初は違ったんですけど、いろんな経緯があって決めました。実はLGBTという言葉はなくなった方がいいと思っているんです。分断するし、区別をしちゃうことなので。ただ、まだ便宜上必要なこと……と思っていたんですが実際にインタビューしてみると、結局のところ「私は私を生きたいだけ」「個人個人のことなんだ」と感じはじめたんです。


――最終的には個人の「私」に立ち返る問題だと。


ミックス(ドイツ人と日本人のハーフ)の知人が「結局、ドイツ側で考えるの? 日本側なの?」ってよく問われるのだけど、「私はワタシ」って応えているのが印象的で。頭のどこかにその言葉が残っていたんですよね、「私はワタシ」っていい言葉だなって。





LBGTをカミングアウトするかどうかは本人次第。変わるべきは職場環境



――LGBTの方の働き方についても伺っていきたいのですが、職場でLGBTをカミングアウトできずに悩む方も多いと思います。LGBTの方が働きづらさを抱えないためには何が必要なのでしょうか。


LGBTをカミングアウトするかどうかは本人次第ですが、働きやすさとも関係しています。職場で困っていることがあるからカミングアウトしたいのか、秘密を持っていることがしんどいから共有したいのか……それは十人十色。トイレや社員旅行などで困ることもあるし、好きな相手がいて自分の性的指向を知ってもらうことで楽になることもあると思います。


――では、カミングアウトできずにストレスを抱えている方はどうしたら良いのでしょうか。


当事者が変わる必要はありません。悩んでいる人がいるなら、周りが気付きやすい、助け合える環境がいいですよね。身近にLGBTの方がいる、いないにかかわらず、カミングアウトできる選択肢のある職場環境にすべきだと思います。


――職場環境を改善するために企業側は何をすべきなのでしょうか。


まずはLGBTについて知ろうとすることです。LGBTについて正しい知識を持つということは“人権”を大切にすること。それは従業員を大切にすることであり、最終的には家族にもつながっていきます。企業内だけで勉強会を開くことは難しいかもしれませんが、勉強会をお手伝いする団体はあるので、人事担当者なり代表者が連絡を取ればいいと思います。


――LGBTという範囲ではなく、人権の問題と捉える必要があるということですね。


たとえば異性愛者であっても「結婚しないの?」なんて言っちゃダメだと思うんです。映画の中でも「LGBTが働きやすい会社はみんなが働きやすい会社」というメッセージが出てきます。結果的にこの映画はLGBTじゃなくて、 “人”の映画になったと思うんですよね。


――職場環境の改善にもダイレクトに影響しそうですね。


実は企業から自主上映会をしたいって申込みがたくさんあるんですよ。この映画でまずは勉強して、その後にLGBT団体などを呼んで理解を深めるという感じで。その逆もあります。きっと仕事の成果も上がると思いますよ。





職場環境を変えることで、環境を作る側も“自分らしく”生きられる



――LGBTの知見を持った職場環境は、社外にも影響を与えそうですね。


幹部や従業員のみなさんが変わると、おうちの中でお子さんの人権も大切にすると思うんです。子供たちの自殺やいじめの背景にもLGBTの問題がある場合もあるので、学校の中でも理解が広まると良い影響があると考えています。


――難しい問題ですが、LGBTであること自体にコンプレックスを持っている場合、悩みを解消する術はあるのでしょうか?


先日、ラジオに出演した時に「自分はトランスジェンダーです。FtMで、今は男として会社にいるけど職場に言っていないのでつらい」という相談がきたんです。その彼は戸籍上すでに男性になっていてトイレもお風呂も男性側に入るので困っていないはずなんですけど、同僚に言えずに“秘密を抱えている”というしんどさがあると思うんですよね。


だけど、誰だって秘密はあるでしょ? 自分のことや家族のこと、会社で個人的なこと全ては話さないですよね。私はぜんぜん言わなくてもいいと思います。言って気が楽になるんだったら伝えればいいですが、言うことで負担が増えるなら言う必要はない。


――最終的には本人の気持ち次第ということですね。


ただし、言いたいのに言えない環境は変える必要がありますよね。それはLGBTに限らず、すべての人にとって大切なことです。環境を整えることで、みんなが伸び伸びと“自分らしく”生きられる。従業員のためと思っているかもしれないけど、環境を作る側の人たちは自分のためでもあると思います。絶対的に重視されるべきは“個(人)”です。生まれてきたらその人らしく生きるべきだし、幸せを追求していいはずです。





――おっしゃる通りだと思います。とはいえ、心では「自分らしく生きたい」と願いながらも、将来の不安から思うように生きられない人がたくさんいるのも現実です。


今の日本って“国のため”“社会のため”って方向にどんどん進んでいるような気がして。社会に役立つことに気持ちが引っ張られているから、不安を感じる人も多いと思うんです。高齢者になったら、患者になったら、障害者になったらどうしようという不安が根っこにある。


私は、国のため社会のためという考えは捨てた方がいいと思っています。あらゆる人がどんな状態でも生きていけるような社会になった方がいい。安心すればいろんなアイデアが出てくるし、いろんなチャレンジもできるようになって、自分の人生を楽しく生きられるようになる。本来は、社会が人に役立つ方向にいかなきゃいけないんです。


――確かに余裕のない社会状況が人を不安にさせている気はします。


とにかく大事なのは“保身”って感じがしますよね。「失敗してはいけない」「間違ってはいけない」っていうのが生きづらいのかな、と。たとえば野球のルールだけを教えられても野球は出来ませんよね? バットを持ったり、ボールを投げたりして失敗しながら覚えていくものです。なのに、今っていきなり「やれ」って言われているような社会。それで失敗したら怒られる、だから怒られないようにやる……それは息苦しいですよ。


――そうした社会はLGBTの方にとっても影響がありそうです。どんな会社ならLGBTの方も安心して働けるのでしょうか。


少なくとも、怒られないために怒られないように働く会社じゃないと思います(笑)。間違ったり、失敗したら「どうして間違ったか」を一緒に考える同僚・上司がいる会社じゃないでしょうか。従業員を大切にすることで、従業員自身も家族を大切にできるようになる。そう考えると、会社の意義って本当に大きいですよね。


――LGBTに限らず、従業員を大切にする会社が良い連鎖を生むということですね。


経済学って本来はみんなが“幸せになる”“満足する”ためですよね。企業の役割って利潤の追求だけじゃなくて、社会貢献ってこともあるわけですから。


――すべての人が理解すればLGBTをサポートする団体も必要なくなりそうです。


そしたらLGBT団体はぜんぶ解散!(笑) 『Get in touch』を立ち上げた時にも「目標は解散です」ってメンバーに宣言しました。『Get in touch』ってあったよねって言いながら美味しいお酒を飲むっていう。生きづらい人がいなくなって、活動しなくていいならそれが一番ですよ。


――これを読んで改めてLGBTに関心を持った人もいると思います。最後にそんな方へメッセージをお願いできますでしょうか。


企業で働くみなさんに、本当にこの映画をご覧頂きたいです。会社でできることがたくさんあります。変わるべきはLGBT当事者ではなく、マジョリティ(多数派)です。難しいことではありません。従業員を大切にしてください。それでたくさんのことがうまく回りますから。





こちらの質問に、誠実かつ熱量を持って答えてくれた東さん。インタビューを通して、LGBTの知見を持つことは、シンプルに人の成熟にもつながると強く感じました。映画『私はワタシ 〜over the rainbow〜』はLGBTをテーマにしていますが、東さんもおっしゃっていた通り “人”を映しだした作品。心揺さぶられるシーンの連続で、出演者の言葉から自分を省みてハッとする場面もありました。


まだ観ていないという方は、12月22日~28日の1週間限定でポレポレ東中野にて上映を予定しています。上映後は、毎回違うゲストを迎えてのトークショーもあるそうです。ぜひこの機会に足を運んでみてください。


取材・文:鈴木旭
Photo:青木早霞(PROGRESS-M)


【プロフィール】
東ちづる
女優。一般社団法人Get in touch 理事長。
広島県出身。会社員生活を経て芸能界へ。
ドラマから情報番組のコメンテーター、司会、講演、出版など幅広く活躍。
プライベートでは骨髄バンクやドイツ平和村、障がい者アート等のボランティアを
25年以上続けている。
2012年10月、アートや音楽、映像等を通じて、誰も排除しない、誰もが自分らしく生きられる
“まぜこぜの社会”を目指す、一般社団法人「Get in touch」を設立し、代表として活動中。
自身が企画・インタビュー・プロデュースの記録映画「私はワタシ~over the rainbow~」が順次上映。
著書に、母娘で受けたカウンセリングの実録と共に綴った『〈私〉はなぜカウンセリングを受けたのか~「いい人、やめた!」母と娘の挑戦』や、いのち・人生・生活・世間を考えるメッセージ満載の書き下ろしエッセイ「らいふ」など多数。



【上映情報】
『私はワタシ~over the rainbow~』

ありのままを語るLGBTsドキュメンタリー映画
12 月22 日(土)よりポレポレ東中野にて1 週間限定ロードショー
☆全ての回の上映後に『私はワタシ』トークイベント開催!※手話通訳付き

『私はワタシ~over the rainbow~』公式サイト

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